2008/12/07

卒論。。

生命と機械ってどこがどう違うのでしょうか??????

生命と機械はそもそも物質的に異なる(同じ場合もある?)けれど、でもイメージとしては常にいったりきたりしてますよね。だって、根本的なしくみをみると、すごい似てるとこが多いし。
しかも、ロボットとか、電脳とか、実際の身体を機械が犯すような考えがあるから、またさらに混乱する。ロボットとか無ければ、単に妄想の、頭の中だけでのできごとですんだのに。

本当にもやもやして気持ちがわるい。。

2008/11/14

Make Meeting 02 + 東大

久々にブログ更新、ほぼ一ヶ月さわっとらんかった。

先日多摩美で開催された MAKE MEETING 02の写真を少し。ケータイカメラだから全然ですが。とりあへず。


↑マリオキノコ半固定抵抗(ボリューム)


↑サーキットベンドコーナー(casioのskシリーズとか、ファービーとか、子供用玩具とかがベンドされてました)


↑ハチュネミク×100ネギ振り。(個人的に"チュネ"ってはいいたくないけど。。)


↑東大の某研究室にて。今年のals electronicaにもでたBTくんが今作ってる映像をみしてくれた!きもい。いい意味です!写真取り方へたくそすぎる。

今日は今から明日の発表用のパワポと半田漬けです。半田漬けうまくなりたいがためにBT君の仕事を奪ってきました。手先きよ〜になりてーなー!

2008/10/05

卒論

サミュエル・ベケットのクワッドについてかこうとしてるのですが、スーパー楽天主義なのかただの馬鹿なのかあさって卒論中間提出というのに目次すらかけてないという。。。読むべき本は15冊、ザ・山積み。

せめて目次とabstrucction的なものは書いておくとこまでいかなきゃ/

標題は「クワッドから考える人と機械のインタフェース」(ここからしてもはや教育学部英語英文学科とは関係なきにしも、、ない?)

概要としてはこんな感じ:

まず、'人' と '機械' の定義・認識についての歴史をひもとき、今回の議論における機械と人の関係性(人の身体性)やそれらの定義を掌握する。それから、クワッドがテレビというメディアを選択した意図、クワッド独特の構成とシナリオ(反復、リズム、音、幾何学的要素)、生命システム(粘菌)との類似点を考慮して、クワッドの演者は機械、人間のどちらでもないような存在(境界者)=インタフェースであることを指摘する。そこから人と機械をつなぐインタフェースの事例を挙げ、比較しつつ、その必要条件をあぶり出す。


僕の興味以外の何ものでもない感じです。英文学どこいった〜〜?

まぁ、途中までの仮目次はあるのですが、
とりあえずそれらすべてを見せた上で先生に指摘されたのは、演者が機械か人間か議論するまえに、クワッドの位置づけや演者自体がそもそも演技者なのか、クワッドは演劇なのか?不条理なのか?とか、もっと、布石というか、読者が何も知らなくて、初めてよんんでもわかるように、1から10まで細かく導いていかないといけませんよっていうことでした。

確かにって感じです。

今までかなりマニアックに考えすぎてたから、はじめに抱いていた疑問もなんか既に解決してしまったかのように錯覚してしまって、先走りすぎてたス。また、1から考え直そうってというか、また丁寧に考えてきた道順をたどってみようと思ったのです。

論理的に論理的に。。

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目指せネイチャアプログラマ!Objective-C/Cocoa、web系スキルも絶賛習得中。Nature Interfaceに興味ありあり。
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